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刃物の熱処理  

包丁など刃物の熱処理について

刃物として機能するには、刃先が薄くても曲がらない硬さと、欠けない柔軟性を持ち合わせていることが基本にあります。
刃物は鋼で作るのですが、ただ刃物の形状にしただけでは、いわゆる『なまくら』といわれる形だけのものにしかならず、刃物の機能を持たせるには、必ず『熱処理』という工程を行います。
熱処理というのは『焼きならし』『焼きなまし』『焼き入れ』『焼き戻し』という工程からなるもので、焼きならしと焼きなましは、おもに応力除去で、焼き入れは硬くすること、焼き戻しは、焼き入れをした硬さを少し戻して靭性を出すことです。
手道具の刃物に使われる鋼は高炭素鋼と呼び、必ず焼き戻しをします。

鋼という金属は、鉄に炭素を含んでいるもので、鉄に炭素が約0.3%~2.0%以上含まれると『鉄』が『鋼』という呼び方に変わります。それ以上は『鋳鉄』と呼ばれ、製品は鋳物とも呼ばれます。
鋼は熱処理で硬くすることができますが、鉄は熱処理をしても硬くすることができません。ですので刃物を作る際には焼きの入る、鉄に炭素がある程度含まれた鋼という素材を用いることが前提にあり、鋼に含まれる炭素量で熱処理をしたときの硬さが大体決まります。
包丁などに使用する鋼は、大体1.0~1.3%の炭素量が必要になります。

実際に熱処理で硬さを出す方法ですが、大体800℃位から急冷をすると焼きが入り、冷却速度が早ければ早いほど硬くなります。
この焼きが入る温度は、簡単でわかりやすい判断方法として、磁石にくっつけてみて、つくかつかないかで判断することができます。
このつくか、つかないかの違いは、A1変態点と呼ばれる温度域で、鋼の組織が変化する温度の境目のことなのですが、常温では鉄と炭素は混ざりあっていない状態で、パーライトと呼ばれる組織です。
そこから温度を上げていって鉄に炭素が混ざりあう(固溶する)温度になると磁性がなくなり、オーステナイトという組織にかわるのですが、そのまま自然に冷めると、またパーライトにもどります。
そこでオーステナイトから急冷しますと、混ざりあっていた炭素と鉄が分離する前に固定され組織が硬く変化し、マルテンサイトというとても硬い組織に変化します。
これを焼きが入ったという状態になります。
変態点以下(パーライト)
変態点以上(オーステナイト)
オーステナイトから急冷(マルテンサイト)

焼き入れの際、肝心なのは『臨界区域』と呼ばれる760~550℃までの温度域をなるべく早く均等に冷ますことと『危険区域』と呼ばれる200℃~常温までの温度をゆっくりと冷ますことが肝心です。
この臨界区域というのは、まさに焼きが入る温度領域で、この温度間をいかに早く冷却するかで、焼き入れ後の硬さが決まります。
また、危険区域から常温までの温度は、変態点から急激に収縮していた組織が200℃から急激に膨張し始めるので、焼き割れを防ぐためにゆっくり冷却する必要があります。
薄い刃物は、冷却水に入れた時の歪みが曲がることで逃げやすく、焼き割れが生じにくいのですが、鉈などの厚ものは厚みがあるので歪みが逃げず、完全に冷めきる前に冷却水から引き上げないと割れてしまうおそれがあります。
引き上げるまでの時間が早すぎると焼き入れが不十分ですし、遅いと割れてしまいます。
この、冷却水に入れるタイミングと引き上げるタイミングは、手作業で行う場合、何度も失敗を繰り返しながら感覚で覚えるしかありません。

炭素鋼の急冷の方法としては、一般的に水や油などに入れて急冷します。
高温から冷める速度が早ければ早いほど鋼は硬くなりますが、焼き割れのリスクは高まります。
冷却速度は、水が一秒だとすると 、油は三秒の時間がかかりますので、水より油のほうが焼き割れのリスクは少ないですが、硬さは水より劣ります。
また塩水を使うと、水よりさらに冷却速度が早くなります。
水を用いる場合は、油が混ざらないよう注意が必用ですし、焼き入れ対象物にも油気は厳禁です。

冷却水の温度は冷たすぎると焼き入れ対象物の周りに気泡ができ、冷却を阻害し焼きむらになりやすいので(焼きの入っていない箇所ができる)水は20℃位のぬるま湯が望ましく、油は60~80℃位が良い。
気泡を防ぐ方法として、焼き刃土をぬると均一に冷えて焼きむらがでにくくなりますし、焼き入れの強弱をつけることが出来ます。
焼き刃土といっても、ただ粘土質な泥を塗っただけでは焼いた時に落ちてしまうので、私は塗る場合、粘土に炭の粉と砥石の磨ぎ汁が沈澱したものを混ぜて使っています。

焼き入れでは、あまり高い温度まで上げてしまうと歪みが大きく出て、後々歪みとりに苦労しますし、極端に高いと結晶粒子が荒くなり焼き割れを生じます。

焼き入れはやり直しができません。刃物を作り始めた頃は、必ず何度も何度も失敗をします。
一瞬の遅れや、温度にむらがあると、それまでの苦労が水の泡になります。
また、失敗の結果がすぐにわかることはほとんど無く、砥石にあててほぼ仕上がった頃にわかることが大体です。それは、金属が傷によって光が乱反射しますので、ある程度キズを同じ方向へ整えながら傷を小さなものにしていくことが必用で、つまり磨いていくということですが、そうしないと小さなひび割れなどは見つけることができません。
刃物としての機能をを満たす形にするまで、すでにかなりの手間と時間をかけているので、最初の頃はよく失敗して目が眩んで落ち込むこともよくありましたが、沢山経験をして、必ずセオリー通りにすることで失敗はなくなります。また、理論通りに手が動くよう、感覚を研ぎ澄ますことも大切です。
経験による勘の世界は、なかなか簡単にはいかないのです。

実際の作業では、焼き入れ前に『焼きならし』や『焼きなまし』などの作業をし、加工による応力をあらかじめ取り除きます。
これをやらないと、焼き入れ温度まで上げたときに歪みが生じたり、鋼の組織が均一でなかったりと、焼き入れは組織を固定するので、後々修正できないといった問題が生じます。
焼きならしは、整形などの加工による応力の解放が目的で、A1変態点まで加熱して空冷します。
焼きなましは、焼きならしの状態よりも柔らかくして加工しやすくする目的と『球状化焼きなまし』という、組織が細かく球状化されて、きめの細かい結晶にする目的があります。
球状化焼きなましの方法としては、鍛造時の温度を炉(火床という)に入れる度に徐々に下げて行き、常温で何度も繰り返したたいてから一度焼きならし、A1変態点から時間をかけてゆっくりと温度を下げていきます。
その際、炭火で均等に加熱して火床にそのまま放置するのが良いと思いますが、ほかにも灰の中に入れたりもするようです(灰が断熱材になりますが、灰を余熱する必用がある)
また、焼きなましをすると、焼きならしより鋼が柔らかくなり加工しやすくなりますので、常温では硬い合金鋼などを整形するにも有効です。

焼きの入った鋼はとても硬くて脆く、冬場はコンクリートの上に落としただけで割れてしまう、ガラスみたいな脆さです。
そこで、割れない欠けない粘り強さをだすために焼き入れ後は焼き戻しをしますが、焼き入れ後は一度、できるだけ低い温度まで下げるのが理想的です。

その後、100℃~250℃の範囲内に加熱し焼き戻しをしますが、300℃まで熱してしまうと(青色脆性という)逆に余計鋼を脆くしてしまうので気を付けなければなりません。250℃以上に焼き戻す場合は400℃~600の範囲で戻します(調質といいますが、手道具の刃物では基本的にやりません)
温度は刃物の形状や鋼の種類、焼き入れ方法などによって選択します。
実際の方法として鋼の場合、私はおもに火床の炭火であぶり、水滴を落とした水の弾け具合で温度を見極めていますが、先端など角の部分は温度が上がりやすいので気をつけています。
また、表面を軽く磨いて色で見分ける場合や、ステンレス鋼は放射温度計を使い、素材や用途によって使い分けています。
金属は、じわじわとゆっくり熱が伝わり、表面温度と内部温度は必ずしも同じではないので、焼き戻し時間や温度で調整しています。また、温度計だけにたよらず、作った刃物を実際に使用してみて、自分なりの戻し方を見つけます。
焼き戻しは、焼き入れをしたその日のうちにします。これは時効硬化という時間がたつにつれ硬くなる現象がおこるので、すでにピンピンに硬くなっている鋼がさらに硬くなろうとすると割れてしまう可能性があるからです。

ステンレス鋼は、鋼とは熱処理の方法が少々異なります。
私の使用する銀3というステンレス鋼についてになりますが、焼き入れの前段階はほぼ同じですが、焼き入れ温度は1050℃と高温で、その温度でしばらく保持し、その後空冷で冷却します。
鋼のように冷却水に入れるわけではなく、そのまま常温で冷やすか、扇風機の風などにあてて冷却します。
また、焼き戻しは100℃で戻します。


以上のように刃物は先人が何度も実験し、失敗と成功を繰り返し残した理論の積み重ねから成り立っている技術です。
実際に私が刃物を作るようになって、その理論を知っていくにつれ驚きの連続でした。
たとえば、鋼が真っ赤に焼けている時の組織の状態など、金属顕微鏡で覗いて見ることなど不可能ですし、1000年以上前の刀が作られていた時代には顕微鏡などないのに、現在の理論とほぼ変わらないことを行っていたということです。
金属を扱う学問の冶金学は、もっと幅の広い世界で、私は学者ではないのでその一部しかわかりませんが、個人の鍛冶屋が刃物をつくるのに以上のことは必用な知識です。また、これらの理論と同時に技術を身につけることがまた大変な苦労ですが、目に見えない組織の状態を知識と照らし合わせ想像をしながら作業をし、結果を確認していく技術が刃物を作る仕事の特徴です。










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category: 包丁づくり

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