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手仕事は絶滅危惧職か?  

思ったことを気ままに書いてみる。

現代社会では昔からあった職業が淘汰されたり、表面上は似ているが中身はまるで変わってしまった職業が沢山ある。
特に物を作る分野では量産化が主流となり、手仕事は絶滅危惧職と言ってもいいだろう。
手仕事は人類が道具を持つようになってからつい最近まで当たり前に存在し、ここ数十年の間に淘汰されかけている。

手仕事が全く無くなるとどのような弊害が出るのか考えてみる。

たとえば、毎日食べている料理。これは複雑な形や種類の食材を切って組み合わせ、火加減、旨みの抽出、味付け、見た目、食べる人の体調に合わせるなど、かなり複雑かつ繊細な仕事で、しかも毎日味わうものなのでそう簡単には全て機械で作ることは難しいだろう。

もしも炊事ロボットが開発されたとする。レシピは自動的にダウンロードし、ロボットが勝手にやってくれれば人間は空いた時間に他のことができるようになってとても合理的だと思うだろう。
それは電子レンジや洗濯機が生まれた時のようにある意味ではとても便利で良いことかもしれないが、あまりに極端だと弊害が生じるだろう。
人間が料理の仕方を忘れてしまったり、家庭の味を知らない子供が育つなど、食べる人の感覚が正常ではなくなってしまったら人間こそがロボットみたいになって、食事はただの燃料補給でしかなくなってしまうかもしれない。(ちょっと考えにくいたとえですが、他に思い浮かばないので)
ただ腹が膨れればいいという考えで与え続けたらどうなるだろうか。人間は毎日の食事で構成されているので、相応の結果が出てくるだろう。

少し極端でわかりにくい比喩かも知れないが、道具に関しても似たようなことが言えないだろうか。使い手の感覚が麻痺してしまったら道具は凶器にもなりかねない。受け手側が麻痺しないように提供する側もある程度配慮する必要があるだろう。

物を作る職人について考えてみる。
仕事をするにあたって、人はそれぞれの性分があり、向いている職業と、向いていない職業がある。
現在、手仕事に向いている人には世知辛い世の中になっている。

物を作る仕事を希望する人で、現代のシステムに溶け込める素質と環境を持つ人はいいが、生まれ持った職人気質で世渡りが上手ではない人は活躍できる場が限られてしまっているのではなかろうか。
近頃はコミュニケーション能力が云々と言われているが、世渡りが得意であれば仕事場に篭もって物など作らず、出歩き、コミュニケーション能力を活かし効率の良い仕事をするだろう。
人類にずっと続いてきた手仕事に向いている人が突然いなくなるとは考えにくい。
職人に限ったことではないが、現代にある職業に溶け込むことが困難な性分の人は、現代の職業を見ても興味を持てないことが多く、それでも生きていかなければならないので回りに歩調を合わせようとするが、無理が生じる悪循環に陥ってしまう。それが溶け込めている人たちから見ると浮いた存在になってしまうし、自分に正直であればあるほどその傾向が強くなるが、何かのきっかけで世に認められると個性だと言われる変な世の中である。
それが社会なんだと言えばそれまでだが、それでもやはり考えいかなければならない。

現代のものづくりの現場では機械が主役で、人が機械を使いこなすのではなく、機械が出来ないことを穴埋めするために人が間に入って仕事をするシステムになってしまっていることが多いと思う。
利益を考えれば仕方がないといえばそれまでだが、そればかりを望んでいる人だけで社会は構成されていない。
勿論お金がなければ生きてはいけないが、各々の個性を活かして社会的な役割を果たしつつ、その対価としてお金を受け取り命を繋いでいくのが理想ではなかろうか。

工業と工芸の違いだが、工芸は機械を使うこともあるが、基本的には機械を用いても機械を手の延長線上にあると考える。(これはどなたかの著書に述べてあった言葉ですが探し出せませんでした。すみません使わせて頂きます)
工業は物が出来上がれば手段を問わず、オートメーションで作ることも歓迎される。上で述べた炊事ロボットと電子レンジのような関係だろうか。
言うまでもないことと思うが、オートメーションが良くないというわけではない。オートメーションによるものづくりがなければ現代社会は成り立たないほど進化しているし、全ての人が手作りの職人である必要もない。

手で物を作り対価を得るということは、現代社会ではかなりしんどいし希望する人が少ないのも納得できる。なぜなら大量生産品があふれ、それらは値段も買いやすく設定されているし、長い時間と労力をかけてデザインされているので良品も沢山ある。現代人はそれらに見慣れているので、まず値段で比較する。なので手作り品は手間がかかるがある程度値段の足並みをそろえて設定する結果、なかなかうだつが上がらない。また技術を習得するのにもかなりの時間を要する。まぁそのあたりで悩みつつやっていくのが現代の職人なのだろう。
それでも物を作っていくことでしか生きれない性分なのです。そういう不器用な人たちが消えないように持ちこたえ、その人たちにしか伝えられないものを世に発信していくべきだと思う。これは職人に限ったことではないが、それぞれの持ち味を活かし本質を究めていくことが大切だと思う。
手仕事の職人は、非効率な性分なりに良いものを作っていくことが出来れば、いずれ何処かにたどり着くだろう。

と願う。

category: 最近思うこと

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