暮らしの工芸

包丁の仕様変更のおしらせ  

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包丁の仕様が一部変更になりました。

〇 価格の変更について。
いままで包丁の価格を数度にわたり値上げしてきました。この数度にわたりというのは、「当製品の適正価格と、需要と供給のバランスを探るため」と、「製作技術の進歩」によってですが、当初の価格設定を控え目に設定していました。(一度値上げした価格をまた下げるということを避けるため)
当製品を今後も製作し続けるための手段として、不本意ながらも今回値上げに踏み切らせていただきました。
何卒ご理解をいただきたいと思っております。

〇 柄の固定方法について
包丁の刃身と柄をつなぐ接合部分を、今まで合成樹脂を使用していましたが、天然樹脂を使用した接合方法に変更しました。
天然樹脂は熱によって溶け出すため、今までどおり食洗機の仕用や、夏場の車内など、高温になる場所への放置には十分に注意が必要となっております。(70℃位からゆるくなってきます)

〇 銘(サイン)について
当製品の銘が変更になりました。(と言ってもほとんど変わってないのですが)
いままでよく、「傷がある」や「銘が入っていない」といったことをよく耳にしました。確かにちょっと分かりにくい銘ではありますが、一応全ての製品に品質保証の意味を込めて入れています。
今回使用する銘も分かりにくいですが、ご了承ください。

〇 その他、仕上げ方法等に若干の変更がありますが、基本的に品質等は変わりはありません。

技術や考え方など、月日と共に変遷してゆく中で、今できるだけ良いものをご提供できるよう日々模索しています。
今後とも宜しくお願い致します。


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包丁の多様性  

先日、当包丁のセールスポイントは何か?というお問い合わせを頂いて、ブログ等を通じてけっこう説明してきたと思っていたのだが、よくよく考えてみると、特にこれだっ!というセールスポイントがあるというわけでもなく、大して売り込みもしてなかったようだと気がついたので、そのことについてちょっと考えてみた。

私の作る包丁はほぼ手作業で一貫生産していて、燃料も作っている。鉄も作りたいのは山々だが、コストに見合わないので今のところ保留にしているが、そのうち密かにやってみたいと思っている。
現代では分業制が主のもの作りの中で、一貫して手作りというところがわりとセールスポイントなのかな?と今まで思っていたのだが、これはセールスポイントと言える様で必ずしもそうではないようだ。なぜなら作り手が包丁を作るプロセスで、使い手が料理をするわけではないから。
手作りで味わい深いとは思うが、他に良い包丁はこの世にいくらでもあるし、よく考えたらこれがセールスポイントですっ!なんて言える所はほとんど無いに等しい。しいて言えば現代ではちょっと変わってるのかな?ということくらいだが、セールスポイントではないか。
変わっているのは作っている人もだが、大量生産の時代に、わざわざ手間のかかる方法で作っているから変わって見えるというべきか。
アンチ大量生産というわけではなく「手仕事は絶滅危惧職か?」 でも書いたように、手の延長線上でのものづくりから外れなければ、むしろ可能な限り効率化していきたいと思っている。オートメーションは嫌なので、多少非効率であっても手の延長線上のものづくりを今後も続けていきたいと思っている。勿論こんな考え方は金儲けには縁の薄い話で、不器用だと思いつつも、根本的な考えを変えるつもりは今のところ無い。「手の延長線」という考え方は人それぞれで、何処までが手の延長なのか定義づけるのは難しいが、自分の中の基準で効率化は進めて行くつもりだ。
なぜオートメーションは嫌なのか?一番思うことは、最終的にはヒエラルキー型のものづくりになるし、個人的には今のところ、理想的なヒエラルキーの形をみたことがないので興味を持つことができない。現在は、みんなが価格競争をして、最終的には何処へたどり着こうとしているのだろうかと思う。
ある程度の上下関係は必然だが、同じつながりで仕事をするのであれば、個人が自立し、お互いに価値あるものに対してそれにふさわしい敬意を払う(respect)することができるような、縦だけではなく横にも伸びた関係や仕事がしたいと無茶な理想を抱いている。実際には他者のことなど表面的にしか理解できないのだから、結局そんな答えはもしかしたら無いのかもしれない。

手仕事という、未来の見えない分野に勘違いの希望を抱いているとはまったく思わないし、信じていることで、まだ可能性があると思うからこそ続けられる。老いて死ぬまで続けられたら、何らかの形になっているのだと信じたい。

むかし、小学生の時の社会化見学で、パンを作っている工場を見学した。広い工場の中をぐるぐる回りながら階段を登って行き、最後に少し高い場所からの俯瞰でガラス越しに、白衣を着てマスクをした人たちがベルトコンベアーの前で作業をしているところを見た。この光景を小学生に見せる意図とは何か?今思えば「なるほど!社会化見学ね」となるのだが、そのあとはただ香ばしい焼きたてのパンを貰って、焼きたてのパンは良い香りがするな~なんて思ったりした。まぁ当たり前だよな小学生だし。でも当たり前って年齢とか時代と共に当たり前ではなくなるんだよな。当たり前ってあたりまえではないのかもな。

伝統工芸はビジネスになりにくいと言われる現代だが、小規模で手の延長線上で最初から最後まで手作りできるということは、技術さえ習得すれば独立しやすいということでもある。自分の意思で駒を進めたいので、大規模なものづくりは向いていないし、家内制手工業は初期のリスクが少ないと思う。ただし、物が作れるのと売れるのはジャンルが違う。
自分の意思で考えて作って、ただの材料だったものが実際に製品として生まれ変わるのを経験することはすごく楽しい作業であるし、実際の作る現場で直接感じたことをすぐに製品へフィードバックできる。
なにより、これ本当に手で作ったの?どうやって作ったんだろう?と思えるものに出会うことはとても感動するし、そういうものを作っていきたいと思う。古いものをみると、まだそういうものが僅かに残っているが、消えるのは時間の問題なんだよな。

鍛冶屋で言うと少し前の、日本に限られたことではないとは思うが、量産品が世に溢れる前には「野鍛冶」という鍛冶が人の住んでいる場所なら何処にでもいた。野鍛冶は暮らしに使う道具を作るのだが、作る人もそれぞれに良いと思った方法で作るので、出来上がったものは良くも悪くもみんな個性があったと思う。

ものにはいろんな情報が詰まっている。作られたものからその生まれた土地の風土や作者の思想などを感じとることが楽しくもあり、食べ物だったら育てた風土が味にも影響を与えている。たまに何処かにふらっと行きたくなるのは、新しい体験をして感動したいわけで、なんの予備知識もなく何かにたまたま出会い、感動できたらその体験は何にも変えがたい。そんな期待に答えてくれるのは大体、個人のお店だったりする。なぜなら、それらは大々的にメディアなどで宣伝されているわけではないから急に目の前に現れるし他の何処にもないものだから新鮮な体験ができる。
人それぞれみんな違う個性で生まれてきて、違う環境で育つのだから、信念があるならそれを元に個人がそれぞれに思うままを表現してそれぞれに認め合うことができるのなら、奥行きのある社会になるのではなかろうかと思う。みんな唯一無二の存在で、どんな人からも何かを学べる。生物が進化するには多様性が必要であるという。

鍛冶屋は工業の原点という言葉をよく耳にするが、まだ工場なんかが無かった頃の野鍛冶という観点から想像すると、確かに工業の原点ではあるが、同時に農業や林業などの延長線上にあるというか、含まれているというか、仕切りや切り替えの無い連続したものであったと思う。炭を使って鉄を真っ赤に焼いているとそんなことを思ったりする。
道具が無ければその辺のもので代用するし、使っている道具がなんか使いにくくて仕事の能率悪いからちょっと改造してみようかなとか、器用な人だったら作ってしまうだろう。そんな人に誰かが、ちょっとこんなの作ってくんない?と仕事の依頼をして、気がついたら鍛冶屋になっていたとか。
今は農業とか工業とか、なんでもかんでもきっちりカテゴライズされているが、普段農業とはまったく関係ない仕事をしている人が休みの日に家庭菜園をしたりするわけで、どちらも生活の一部である。
思うに野鍛冶は以前、半農半工とか、半林半工(半分農業半分鍛冶、半農半Xって言われてますね。暖かい時期に農作業、寒い時期に鍛冶)とか自分で使う道具を自分で作る人たちがかなりいたと思うし、実際にいたようだ。
自分の使う道具を自分で研究するので使い勝手も良くなって行くし、農閑期の仕事にもなる。なんで研究するのか?勿論自分が不自由しているのだから自然発生的で、熱心になると思う。
私が野鍛冶に魅力を感じたのは、無機物を扱っているのになんかちょっと有機的な要素を含んでいるところがあるというか、遊び心があるというか。

仕事が生活の延長線上にある。

現代ではちょっと変わった良くも悪くも個性のある道具。なるべく自分の中にしかない経験や個性を、作るものにフィードバックさせていきたいと思う。そうでなければわざわざこんな手間のかかるもの作りなどやる意味もない。なので当包丁は錆びる鋼を使ってるし、合う人と合わない人とのギャップがけっこうあるのかもしれない。
ということで当包丁は「現代では変わっている」のだと思う。

とりあえず、人間食べることが大事。それがなければ何も始まらない。
家族の為に毎日、おいしいご飯を作れる人を心から尊敬している。



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包丁をお買い上げ頂いた皆様へ  

この世に星の数ほどある包丁の中から当包丁をお選び頂きありがとうございます。
包丁は食事の支度をするために使う道具ですので、ほぼ毎日長い間暮らしのお供をさせていただくことになります。
常に使い勝手に気を配りながら製作していますが、万人が納得できる完全なものを産み出すことはなかなか難しく、このことはずっと続く課題だと思っています。
使いづらい道具は使うたびに気になります。もし何かお気付きの点が御座いましたら前向きに対応させて頂きますのでご一報頂ければ幸いです。
末長く使って頂けることを心より願っています。


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当包丁の特長(柄について)  

当包丁の柄は、天然木の中に樹脂を流し込んで、包丁の中子を埋没させて固めてあります。


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この利点は、柄と包丁の中子(柄の中に入る部分)の間に隙間を作らないので水気が入りにくく、鉄製包丁の寿命を短くする柄ぐされがおこりにくくなっています。

天然木を無垢のまま使用しているため、使用しているうちに多少の色の変化が見られますが、自然素材特有の経年変化で、それが味わいでもあると思います。

手作業で一つ一つ、多くの方が握り易いよう配慮して削っていますが、手の大きさは人それぞれです。

お買い上げ頂いた柄は、少しでしたら削って調整することも可能です。

道具に慣れることも大事ですが、しばらく使用してみて気になる点がありましたら、ご連絡頂ければ幸いです。

手先が器用な方でしたらご自分で削ることも可能かと思います。






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